Aide-Memoire

主に僕の日常。

20180920

今日はバイトだった。

生憎の雨だ。

 

今から大体ひと月ほど前、僕はあるtweetを見た。

 

要約すれば、自分を変えたいと思うならまずは体を鍛えるところから、と。

 

体を鍛えるメソッドは確立されていて、正しい努力をすれば必ず報われる。

その努力が"正しい"か否かは、「体を鍛える」ことにおいては客観的な指標がある。

 

体を鍛えれば気持ちが変わる。

気持ちが変われば考え方が変わる。

こうして自分自身を正の循環で持ち上げてあげる。

目に見えて変化がわかり易い筋トレは、そういう意味では最適なのかもしれない。

 

一時的にではあるものの、目の前のネガティブな感情から抜け出す、

こういう目的で、僕はかつて夜にランニングをする癖があった。

これは今でも続いているが(通称 : メンブレランニング)、これに加えて筋トレを本格化させた。

プロテインの味も3種類目に入った。

バニラ風味のプロテインはもう2度と買わないと決めている。

 

筋肉の面では、少しずつではあるものの変化が見られるようになってきた。

では、メンタル面はどうだろう。

 

正直、そんなに変わったとは自覚していない。

1ヶ月程度の筋トレでメンタルまでがらりと変わったら、これまでの自分が自分でない自分を装っていたとしか言えないのではなかろうか。

でも、少しだけ、本当に少しだけ、大人になれた気がする。

勿論その間には筋トレだけじゃなくて、色々と考えたり思ったりしたことがあった。

なんなら今でも様々な感情を抱いている。

 

僕はどうしてもネガティブな感情が原動力になるから、これとうまく付き合っていく方法をもう少し探らなければいけない。

これは僕の課題でもあるし、短所であり長所である。

 

つまり何が言いたいかって、自分でもよく分かっていないんだけど。

自己肯定感なんか低くてもいい。

ただ、その承認欲求を他者にぶつけてはいけない。

ぶつける相手は自分自身で、僕みたいなネガティブな人間においては悔しさが主な原動力になるのだから、何らかの形でこれを昇華させるべく何か夢中になれるものを見つけるべし。

こうして今の自分は、辛うじて毎日を生きている。

 

正直にいえば、呼吸をするレベルで死にたい気持ちは常にあるし、特定の人たちに向けた承認欲求もあり続けていると思う。

でもそれらをうまく扱ってあげて、自分という人間の魅力向上に役立てないと、僕が生きている意味がなくなってしまうのではなかろうか。

 

書いている文章が、割といつもではあるけど、なかなかに支離滅裂だからとりあえずここまでにします。

ご一読ありがとうございました。



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